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| 7月9日 なんだかんだ言って、当鴉の巣もとうとう5年目に入ったわけだなあ。 よくもまあ4年も持ったものだと関心していますが、その原因の一つに「マイペース」と「歴史は浅く広く」というテーマがあるざましょうね。 最近、幕末系ホムペを作っても、途中で止めてしまうもったいない状況がありんすが、幕末だけしかやっていないから、結果的にふん詰まってしまうのかなと。歴史は幕末だけにあらず、特に前後関係を把握していないと、ひょんな所で接続される事があるし、特に幕末史といっても文久年間から明治元年までの7年間しか興味がない方々もいるけど、そりゃ勿体無いざますよん。その文久年間かて、その前の元治、安政、嘉永があってこそであるし、幕末史かて、その後の明治、大正、昭和があってこその幕末史。慶応末期の戊辰戦役だけを理解すればよいという訳ではないし、かといって無視して言い訳ではない。前後を把握してこそ、その時代を理解できる事を念頭に置くべきでしょう。 なお、表紙は「ボロット・寅氏」の許諾を得て公開しております。 |
| 5月5日 ネットサーフィンをすると、いろんな歴史研究会・同好会がある。私設のものもあるし、公式な同好会もある。 オイラはそういった同好会には入った事が無い。理由は簡単、“しがらみ”がメンドクサだからである。同好会に入る理由は文字通り「同好の士」があつまっていろいろ話に華を添えたり、みんなでワイワイやるのが目的な方もいるし、歴系ならば史料閲覧の恩典にも預かれる。 オイラはそういった同好会に入った事は無いし、入る気も無い。歴史好きの仲間とワイワイやってはいるが、なにせみんなが視点が違うし、イデオロギーに拘っていないのでまったりと遊べる。 xx同好会やらxx研究会に所属すると、たしかに恩恵に恵まれるかもしれないが、どうも「閥」が絡んでややこしそうになるし、人間関係でも“しがらみ”がでてしまって自由な発言が出来なくなりそうでオイラとしてはそれがとても面倒ではある。イデオロギーが絡むとそれらの「正義」の元で論証を強要されそうで、これが一番我慢がならない!それなら、知人の同人原稿に寄稿させてもらうほうがおもしろい。 昨日、知人の飲み会に参加させていただいたのだが、みーんな趣味が全然違う割にはワイワイ楽しんでいたのも、お互いの趣味・イスト(主義)を認めたうえで付き合っているので人間関係がこんがらなくてもいい。xx同好会やら、xx研究会に入ると「会則」とやらに足を掴まれて自由な発言が出来なくなる。特に歴系だと、批判一つでいろいろと五月蝿い事を言われるものである。 それがイヤならはじめっから入らなければいいし、発言・研究の自由を拒むのであればそこはまともな研究会ではない!そういったケツの穴が小さい所でチマチマやるのであれば、無理して入らないで自分でコツコツと勉強すればいいのである。無論、個人の力に限界はあるけど歴系であるのであれば図書館から本を借りてくればいいし、最近は大学史料館もきちんと手紙を書いて研究の趣旨を出せばマイクロ史料の閲覧を許してくれる所もある。それが出来なくても、市販されている史料集や市町村編纂史の本でも、かなりのレポートを作る事は可能である。要は歴史好きである事とパッションがあれば、手前一人でも作品を発表できる。自分のスタンスを変えてまで媚びる必要はないと思うよ。 以上、某紙三姉妹次女殿の「xx研究会に入らないと幕末史を勉強できないと言われた後輩に対して、どのように説明すれば彼女をカルトなxx研究会に入れなくて済むか」という回答でした。 |
| 5月4日 トップページと写真を「土方歳三史料館」の「土方歳三手植の矢竹」に変更しました。 4月に史料館にまりも大尉と行って来たざますが、以前よりも拡張したのか展示物ものんびりと見れたし、まったりできたので良かったざます。 以前の史料館は窮屈だったし、入れ替え制だったからせわしなくて展示物もロクスッポ見る事が出来なかったから、今回拡張したのはギャラリーとしてはおお助かり。その分、入場料は値上げしたが、それはやむ終えないざましょう。 館長で末裔である土方陽子氏がおられて、館内の展示物の質問に応じていただけたり、館長の本を購入したときにサインをしていたりと、井上源三郎史料館のようにおおらかになってきたというか。 それにしても来客者は殆どおなごばかりであったざますなあ。 土方に萌え萌えして帰るのであろうか。 |
| 2月20日 某掲示板に投稿した内容でありんすが、一部改定してここで書かせていただきます。 あくまでも、こほーんな意見もあるのだよと参考程度に読んでくだされ。 歴史ファンならよっく出てくる話題に「忠臣蔵」の和解と「会津・長州」の和解の話題である。会津松平の殿様の末裔が「和解は不要」と語ったそうである。 最初に結論を書くと、会津・長州の和解は「無意味」であり「必要」はない。 なぜなら、現在生きている我々は当事者ではないからであり、せいぜい書いても末裔であって、本当の関係者でないからである。 自分のHPでもさんざん書いている事であるが、山口や会津で観光の話題性がなくなると、必ず出てきて、意味のないシンポが開かれて不毛な結果となるのがオチである。なんのことはない、歴史ファンや歴史家から冷笑されている「観光史学」の類である。 これもクドイほど書いていたことであるが、必要なのは“和解”ではなく“理解”である。 さまざまな要因が“女神クリオ”を呼び起こして時代を変革させたのが『明治維新』である。長州は一時期“賊軍”となったが、ミラクルの逆転ホームランを放ち、会津はツーアウトまで追い込んでおきながら、最後に打たれてしまった。それだけである。誰が悪いとか良いとかが問題ではない。 明治維新の果実を食えずに自分達だけ“流罪”にされただの『俺達は悪くない!あいつが憎い!』じゃ話にならん。 恨みつらみを述べるのなら、最早「学問としての歴史」ではない。図書館で調べることを止めて、駅前で演説やらビラでも配っていればいいのである。 そもそも戊辰戦役かて数千年続く国史の中で、ほんの触りでしかない。それをマクロな視点で討論するわけではない、重箱の隅を突付いてああだこうだと揚げ足を取って「和解がうんたら」などと戯言を言うから呆れられるのである。 会津の正義を語る輩が、なぜかアメリカの中東政策を賛美するというのは吉本新喜劇かね(毒笑 自己の正義を語る前に、ニーチェの「反時代的考察」ぐらい読んでおけ! |
| 2006年 1月8日 おくればせながらあめましておめでとうございます。 今年こそは幕末探求を決着を・・・・・と言いたいけど、なかなかそうヒマがないからなあ。 それとは別に同人誌に寄稿した原稿を許可をいただければアップします。但し劇毒100%!小説ファンで煮ても焼いても食えない「正義」を信じている面々は見ることを進めないざますよん。つーか、そほーんな安っぽい正義論など糞喰らえ!何せオイラは楠木党を愛する「悪党(ヒール)」信奉者ざますからして(ケケ |